01つらい日は、削る刺激を一つに絞る
音も光もにおいもつらい日に、三つ同時に対策しようとすると、どれも中途半端に終わります。まず一つだけ決めてください。今日いちばん刺さっているのはどれか。それが決まると、鞄に入れる物も、座る席も、寄り道するかどうかも自動的に決まります。全部を我慢しながら一日を終える必要はありません。減らせるものから減らす。一つに絞るのは、残りを諦めることとは違います。
見分け方は簡単です。その場で目を閉じて10秒。楽になるなら光が主犯です。次に耳を手のひらでふさいで10秒。ふっと肩が下りるなら音。最後に窓際か外へ出て10秒吸ってみる。それで戻るならにおい。三つとも変わらないなら、たいてい寝不足か空腹か、人の感情をもらった後です。刺激ではなく回復の問題なので、対処も変わります。
手を打つ順番も決まっています。第一に発生源を断つ、第二に距離をとる、第三に道具で遮る。道具は最後です。会議室のプロジェクターのファン音がつらいなら、イヤホンを探す前に席を一つ移動するほうが速い。給湯室の芳香剤が原因なら、置き場所を変えてもらう相談のほうが根本的です。道具は、断てないもの・離れられないものに対してだけ使います。
そして、その日の自分の閾値は毎日違います。同じ電車が平気な日とだめな日がある。これは気まぐれではなく、前日の睡眠、生理周期、人と会った量などで受け取る側の余力が変わるからです。だめな日に「先週は平気だったのに」と自分を責めないでください。今日の自分に合わせて量を決めるほうが、結果的に動ける日が増えます。
02音:イヤホンと耳栓は用途が違う
ノイズキャンセリングイヤホンが得意なのは、電車の走行音、飛行機、空調、車のエンジンといった低くて途切れない音です。逆に、人の声、食器がぶつかる音、椅子を引く音、子どもの高い声のような突発音はかなり残ります。ここを知らずに買うと「高かったのに職場でつらいまま」になります。フロアのざわつきがきつい人が最初に試すべきは、実はイヤホンではありません。
声や突発音がつらい日は、耳栓のほうが合います。耳栓には二種類あって、ウレタンフォームの遮音重視タイプと、フィルターの入った減衰タイプです。前者は遮音値(NRRやSNRという数字で表示され、大きいほど遮ります)が高く、眠るときや一人で作業するときに向きます。後者は全体の音量を均等に下げるので、会話は聞こえるのに刺さらない。接客や会議のある職場ではこちらが実用的です。見た目も小さく、髪で隠れます。
毎日つけるなら、性能より装着感で選んでください。一日8時間つけて痛くならないか、耳の中が蒸れないか、外したときに耳が痛くないか。カナル型が合わない人は無理をしないほうがいい。骨伝導タイプは耳をふさがない構造なので、音を遮る目的にはほとんど使えません。音楽を聴きながら周囲も聞きたい用途の道具です。目的を取り違えると、また買い直すことになります。
無音がいいか、何か流すほうがいいかも人によって割れます。完全な無音だと自分の心臓の音や耳鳴りが気になる人は、雨音や換気扇のような一定の音を小さくかけるほうが楽になります。歌詞のある曲は、頭が言葉を追ってしまうので消耗する日には向きません。今日は疲れていると感じたら、言葉の入っていない音に切り替えてください。
03光:サングラスの濃さと、家の照明の分け方
屋外用のサングラスで見るべきなのは、色の濃さと紫外線カットが別の性能だという点です。濃いレンズは瞳孔を開かせるので、紫外線カットのついていない濃い色は、かけないより目に入る紫外線が増えることがあります。値札や台紙に紫外線透過率や UV400 の表示があるかを確かめてください。まぶしさ対策としては、偏光レンズだと路面や水面の照り返しが落ち着きます。
屋内で困っている人が買うべきなのは、濃いサングラスではありません。可視光線透過率が50〜75%くらいの薄い色です。表情が見えるので相手に威圧感を与えにくく、足元も暗くなりません。色は淡いブラウンかグレーが無難で、どちらが合うかは店で試すしかありません。もうひとつ効くのが、つばのある帽子です。天井照明は真上から来るので、つばで上からの光を切るだけで体感がかなり変わります。
家の照明は、天井のシーリングライト一つで全体を照らす形がいちばんつらい配置です。明るさが均一で、逃げ場がありません。フロアランプや小さなテーブルライトを2〜3個に分け、必要な場所だけ点けてください。夕方以降は電球色(オレンジがかった光)に落とすと、夜の刺激が減ります。買い替えなくても、天井灯を消して手元だけにするなら今日ためせます。
ちらつきがつらい人もいます。安い調光式のLEDや古い蛍光灯は、目に見えない速さで明滅していることがあり、それが頭痛や疲れにつながる場合があります。確かめ方があります。スマートフォンのカメラをその照明に向けて画面を見てください。横縞が流れて見えるなら、ちらつきの出る器具です。職場でその真下の席なら、席替えを頼む理由として説明しやすくなります。
04におい:マスクは万能ではない
においで最初に手をつけるのは、自分の家です。外のにおいは選べませんが、家の中は全部こちらの管理下にあります。柔軟剤を無香料に替える、置き型の芳香剤を撤去する、生ゴミは袋を二重にして口を縛る、排水口とエアコンのフィルターを洗う。ここまでやると、帰宅した瞬間の空気が変わります。自分の服から自分がつらいにおいがしていた、というのは案外よくある話です。
外で使うマスクには、知っておくべき限界があります。不織布マスクが止めているのは飛沫や粒子で、においの正体である気体の分子はほとんど通り抜けます。においを目的にするなら活性炭入りのタイプを選んでください。もう一つの手は遮断ではなく上書きです。自分が平気な香り(ハッカ油など)をマスクの外側に一滴だけ。内側に付けると濃すぎて自分が参ります。量は一滴で十分です。
電車やエレベーターのような、逃げ場のない数分間の対処も決めておきます。鼻ではなく口で呼吸する、ハンカチやマスクの上から手を当てる、次の駅で車両を移る。移るのは大げさではありません。降りるという選択肢を最初から持っている人は、我慢の限界まで粘って動けなくなる、という流れを避けられます。行きの電車で一本見送る余裕を持たせておくと、この選択がしやすくなります。
香りの強い人が近くにいる状況は、自分ではどうにもできません。相手に悪気はなく、こちらにも落ち度がない。だから調整するのは人ではなく位置です。席を変える、立ち位置を風上にする、話しかける時間帯をずらす、廊下側に立つ。人を責める方向に考えると、解決しないうえに関係まで削れます。動かせるのは物理的な条件のほうだと決めてしまうと、気持ちの消耗も一緒に減ります。
05家に一畳の逃げ場を作る
刺激の少ない場所を、家の中に一つ確保してください。広さは一畳で足ります。条件は三つ。物が視界に少ないこと、照明を落とせること、テレビや冷蔵庫から離れていること。寝室の隅、クローゼットの中、駐車場に停めた車の中でもかまいません。ここは片づける場所ではなく、何もしない場所として決めておきます。用途を混ぜると機能しなくなります。
帰宅後の15分を、その場所で使います。順番は、玄関で靴を脱いだらイヤホンはまだ外さない、部屋の照明は天井を点けずに手元だけ、着替えて手を洗う、それから座る。スマートフォンは別の部屋に置きます。15分たったら夕食でも家事でも始めていい。この15分は休憩というより、外から持ち帰った刺激を降ろす時間です。予定を入れない日を週に一日決めておくと、さらに崩れにくくなります。
ここまでの話を整理する補助線として、Spirituals では消耗の入口を四つに分けています。心門は人の感情をもらう入口、智門は考えすぎと情報過多、気門は音や光やにおいなど感覚の刺激、時門は時間と予定に追われること。この記事で扱ってきたのは、ほぼ気門の話です。同じ一日を過ごしても、削られる場所は人によって違います。だから「疲れやすい人向けの対策」を全部やる必要はなく、自分の入口に効く分だけやれば足ります。
入口を切り分ける実益は、対策を間違えなくなることにあります。気門が太い人は、消耗の原因を人間関係のせいだと誤解しがちです。実際には「あの人が苦手」ではなく「あの人の席が蛍光灯の真下で、こちらは1時間そこに立っている」だった、ということが起きます。原因が照明なら、性格を直す努力は一生実りません。席を変えれば済みます。自分の入口がどこか分からないときは、60秒のセルフチェックで当たりをつけてから道具を買っても遅くありません。
最後に一つ。ここに書いたのはセルフケアの範囲の工夫で、医療行為ではありません。感覚のつらさで仕事や生活が回らない、頭痛や吐き気を伴う、以前より急に過敏になったという場合は、耳鼻科・眼科・心療内科など該当する専門機関にかかってください。道具でしのぐことと、診てもらうことは、どちらかを選ぶものではありません。